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【アラベスク】  第19章 朝靄の欠片



第2節 再びボロアパート [15]




 今夜は帰らないとユンミから簡潔なメールが届いたのは昨日の夜十一時頃。何か用事ですかと返したら、ダーツカフェで朝まで頑張るのだと派手なデコメが返ってきた。
 霞流慎二も一緒なのかと尋ねたら、ヒミツと意味深なメールを返されたが、あまり弄るのも悪いと思ったのか、五分ほど後に、慎ちゃんはいないという内容のメールが追加で送られてきた。
 ユンミの話では、最近慎二は、例の店には顔も出してはいないらしい。ユンミがメールを送ってもほとんど返事も無いし、電話をしても留守電に切り替わる。折り返し掛ってくる事など無い。別の店で姿を見かけたという話を時々聞くので、繁華街に出かけている事は間違いないらしいが、迷路のように入り組んだ色街風情の大小様々な店を一軒一軒探して歩くワケにもいかない。街にはそれなりに縄張りのようなモノもあるらしく、比較的顔の広いユンミでも入れないような店が数軒はあるそうだ。
「ちなみに、アンタの母親が勤めてる店のママとは結構仲良いのよ」
 口元をニヤリと歪める。
「アンタがここに逃げ込んだ事、バラしちゃおうか?」
 意地悪そうな笑い声をあげ、だが実際にはそのような行動には出てはいないらしい。
 バラしたところでユンミには何の得も無いのだし、ガキが一人転がり込んできたとはいえ、ユンミには他に寝泊まりできる場所もあるようなので、それほど迷惑がってはいない。と、美鶴は思う事にしている。
「アンタよりも慎ちゃんの方が大事」
 連絡の取れない男へ健気にメールを打つ姿は女そのものだ。彼女? の横顔を見ていると、自分がひどく情の無い人間のように思えてくる。
 本当に好きだったら、こうやって毎日雨嵐のようにメールを打ちまくるもんなんだろうか?
 部屋の隅で充電中の携帯へ視線を投げる。
 美鶴は霞流に、必要以上のメールをした事は無い。と言うか、ほとんどした事が無い。ツバサの兄の所在を知りたいと思った時でも、メールをしたり電話で尋ねたりするような事などできなかった。
 だって、メールして返事返ってこなかったり無視されたりしたら、嫌だし。
 霞流さん、どこでどうしてるのかなぁ。なんでユンミさんとも顔合わせないんだろう? ひょっとして、ユンミさんに会いたくないんじゃなくって、私を避けているとか?
 どうして?
 私の事を学校にバラしたのを悪いと思って、それで気まずくなって私に会いたくなくなって、だから私と繋がっているユンミさんとも。
 呆れたように溜息をついた。
 ないナイ。絶対に無いよ。あの霞流さんに限って罪悪感だなんて。
 心内で呟きながら、同時にうんざりもする。
 私、なんで好きな人をそんなふうに思っちゃったりするんだろう? 好きならもっと相手のコト、信用するべきなんじゃない?
 信用? 私、霞流さんのコト、疑ってるの?
 わからない。
 霞流を腹黒い人間だとか、下心のある油断のならない人物だなどと考えるのはよくない事だとは思いながらも、でも実際にはそうなのだから、そのような現実から目を背けるのもよくないとも思えてしまう。
 霞流の行動に裏があると思ってしまう事は、霞流を信用していないという事になるのだろうか? 好きならば、信用しなければいけないのではないのだろうか? でも、今の霞流さんの行動をすべて無条件で受け入れる事はできない。ならば、自分は、本当は霞流の事など、好きでもなんでもないというコトになるのではないだろうか?
 でも、じゃあ、霞流を信用すればそれはそのまま好きだという証明になるのか?
 自分は、本当に霞流の事が好きなのだろうか? こんなに大きな猜疑心(さいぎしん)を持っているのに、逢いたくても、メールの一つも打てないというのに。
 でも、霞流を想うと、胸が苦しくなる。これは、好意ではないのだろうか?
 大きな溜息が出る。
 わからない。一人になるといろんな悩みが湧きあがり、いつも以上に疲れる。でも、じゃあ学校へ行けば少しは緩和されるのかといえば、そうとも言えない。それに、今日はどうしても休みたかった。もしユンミが部屋に居たとしても、あれこれと言い訳を作って休んでいたと思う。
 昨日の学校帰り、瑠駆真に後を付けられていた事に、美鶴は気付いてた。どうしても居場所を知られたくなくって、木塚駅の裏通りに紛れ込んだ。あの瑠駆真を振り切れるという自信はなかった。だが、気付いた時には、後ろに瑠駆真の姿は無かった。安心できず、目に入った店に飛び込み、身を隠した。店先に並べてあった奇抜な衣装に身を隠した。
 そういえば、前にもこんなことをした事があったな。いつだったのかは思い出せないが、なんとなく緩の顔が頭に浮かんだ。
 あの子、こういう店には来るのだろうか? そう言えば、幸田さんと衣装がどうのこうのって話をしてたけど、あれはどうなったのだろう?
 私と霞流さんの事を学校でバラしたのは彼女なのではないかと瑠駆真は言っていた。だが、本人に直接確かめるような事は、していない。瑠駆真もしてはいないようだ。もししていたら、自分の憶測が正しかったのか間違っていたのか、結果くらいは知らせてくれるような気がする。私が、自分で聞いてみるよ、などと言ったから、私の発言を尊重してくれているのかもしれない。でも、だとしたら、瑠駆真は私からの報告を待っているはずだ。こんな状況になってしまったコトだし、シビレを切らせて自分で直接金本緩を問い質してしまうかもしれない。疑われた彼女は、どう思うだろう?
 あの子は、自分の恋心を、どうするつもりなのだろうか?
 コスプレ衣装に身を隠しながら息を潜める事数分。瑠駆真を振り切ったと確信した後、美鶴はユンミの部屋へと向かった。だが、心底安心したワケではない。むしろ翌日の事を考えると気が重い。
 きっと瑠駆真にあれこれ問い詰められるんだろうな。今までだって聡と二人で休み時間ごとにやってきてはあれこれと尋問してきた。
 周囲の目が気になるからやめろと言えば、じゃあさっさと白状しろと返される。だが、どうしても居場所は知られたくはない。
 瑠駆真は頭がいい。二人に見つからないように学校を出たつもりだったのに、いつの間にか瑠駆真に付けられていた。これではきっと、この部屋を見つけられるのも時間の問題だろう。
 そう確信すると、学校へ行って二人の顔を見なければならないという現実がひどく憂鬱になった。
 今日一日だけ。
 そう言い聞かせて休んでしまった。
 とにかく、瑠駆真が私の部屋から出て行けば済む事なんだ。そうすれば私だって戻るつもりだ。
 だが、そもそもあのマンションは、瑠駆真の父親が用意したものだ。出て行けと叫ぶのに抵抗も感じる。
 あぁ、貧乏人って、ホント損だよな。
 同時に、金持ちとは卑怯な生き物だとも思える。
 瑠駆真は、合鍵を使えばいつでも自由に美鶴の部屋へ出入りできるのだ。
 悪魔の鍵。
 なぜこうなった? それは、そもそもは私たちが貧乏だから。どうして? それは、母がワカゲのイタリで家を飛び出して私を産んで、とんでもない生活を始めてしまったから。
 冗談じゃないよなぁ。







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